シチューになれない
歩いている、日がさしていて、やや暑い。
何があるわけでもなくて、なんとなく
ここではないようなそんな気持ち。
ここではなくてどこか彼方に居場所があって、そこから遠く離れてしまって、本当はそこにいれば落ちついた気持ちになれて、対人関係もすぽっと落ち着くのに、自分はなんて遠くまで来てしまったんだろうという気持ち。
いったいぜんたい、この気持ちと何年寄り添ってきただろう。望んでなんていないのに。ちっとも望んでいない。
それで暑いと思いつつ、歩いていたら、シチューだなと気づく。みんなシチューを作っている。でも初めて作るのだから、作り方なんて知らないしなんとなく見よう見まねなのだ。切り方をあーすればよかったとかこうしておけばよかったとか思いつつも、もうどうにも出来なくて、それでも仕方ないから煮込んでいく。
煮込んでいって味付けしてみんなシチューが出来ていく。そこで愕然とした。わたしの人生はシチューじゃない。まったくシチューと関係のないものができてしまったのだと。これまでも何度か、これはシチューにならないのではないか、と思ったことはあったのだけど、なんとかなるだろうと、続けるしかなく、作り続けてしまった。そして、どんなに作りはじめが遅かったり、手を抜いたり…野菜がまるごとだったり、美しく切れてなかったとしても。みんなシチューに辿り着いているのに、わたしのは違う料理になってしまった。もう二度と方向転換できないくらいに。
そのことに気づいてしまって愕然とした。
あー、あのときも、このときも、まだ間に合ったのに。もう間に合わないのだ。
なんなら煮込んでる途中で全てざるにあけて、もう一回煮込み直して味付けしなおしたら、まだ体裁は整えられたかもしれないのにそれすらできないのだ。
わたしは、皿のまえで泣くしかない。
そんな状態だから悲しいのだ