やさしい顔のねこの日記

3回うつになっても生きているひとの雑記

世の中

今のわたしはあとちょっとのところで

力尽きようとしている

なんとか体と精神のご機嫌を取ろうとしているけれど、限界を感じている

特に夕方だ

17時をまわり18時前をスマホでみるとなんとも

肩が凝り同時に背骨の力がぬける

夜まで長い

早く帰って荷造りすればいいのに帰りたくない

家を出るまえは体が重く、横になっていたいのに外に出て喫茶店でもいってしばらくすると、精神がちゃんとする気がする

それで必要なものを見にチャリンコを漕ぐけれど、まだ新しい部屋の鍵をもらえてないので買っても運び込めないし、どこも微妙に絶妙に遠くて

なにもままならなく感じでものすごい徒労感を感じる

それでもようやっと自転車を漕いで機嫌をとる

雨の予報をみるとうんざりする

そのわりに予定の通り降らないと感謝するのにそれにもうんざりする

あぁ、振り回されてるからだ

東北のA県は出生の地でまったく住んだことこのない場所に比べれば全然マシなのに、東京に住んでいた時期が長すぎた

慣れすぎてしまったのかもしれない

東京も難儀であった

デパートは横に広くどこまでいっても終わりがないし天井が低くて怖かった

駅も広かった

でも今思えば、雨にほぼ濡れずに買い物できたし飲食できたし、楽だった

わたしは強迫性障害の重度の潔癖症なので普段でもしんどいのに、雨となるともうしんどさが半端ない

気持ちで負ける

しかも行ける店が点在していてどれも絶妙に遠いのだ

さらに自転車しか移動手段がない

ちなみに免許はある

ただ住み始めて、ペーパードライバーが車を持ち、すぐに運転できるなんて、かなりハードルが高い

かなりというか、高い

 

そんなこんなでわたしはもう、夕方になると家に帰りたくなくなる

早く荷造りをすればよいのだけど気力がどうしてもわかない

というのも、わたしは家族に対して"とくに"重度の潔癖症だからだ

なにをするにも、何もできない

もうつらいしんどい

でもこの3ヶ月ほど耐えてきた

物凄いスピードでやってきたと思う

初めて自分をそう思った

だけど最後のがんばり時と大きな変化に心がついてのない

やらないと一人暮らしできないのに

不安や寂しさやものすごい心の疲労感がやってくる

どうしていいかわからない

極め付けにものすごく寂しくなる

寂しいという気持ちは本当にどうしようもない

怒りや憎悪はカーッときて鎮静化することもあるが

なんというか、寂しいという感情はめちゃくちゃレアだ

生肉みたい

うまく言えないけど

生肉突然手渡されてどうしろというのだ

焼くことも煮ることもできず、途方に暮れる

いつまで経っても、寂しいという感情の処理の仕方がわからない

やってこないでほしいと思う、寂しいという感情には

 

というわけで、わたしはコロナの中

引越しして、通院して、ハロワにいって、仕事を探して、仕事をみつけて、引越しをさらにし

そのあいだに家の事情で司法書士とやりとりをしたりしながら、強迫性障害とたたかってきた

というか、戦っているがそのどれに対してもものすごく疲れてきた

終わりがない

もともと狭間とか苦手で、一つ一つ蹴りをつけなけれなだめな性格だったし

極度のめんどくさがりで、やるときは一気に片付けないとやる気がもたない性格であった

それを、たらたらとしていなきゃならない四連休がすごく苦しい

 

話を戻すと世の中にはだが

ある日、勤めていたら体調不良になり

会社の保健室みたいなところにいた

そこは病院と提携していて簡単な治療が受けられた

わたしは点滴を受けることになったのだが

(点滴があることにびっくりした)

量が3時間のしかなかったらしい

お昼休み(医師、看護師さんの)の関係もあるし

どの速さで、点滴を落とすかで

お医者さんと看護師さんが揉め出した

揉めるというほどではないが

なんというか…もめもめしているという感じだった

 

しかし、しかしだよ

自分の体にどれくらいの速度で液を投与するか横で揉められたわたしは軽く恐怖を覚え

大人の年齢なのに思わず

「こわいよぅ」

とか細くいってしまった

 

医師と看護師さんはハッとしてこちらをみて

「怖くないよぅ(点滴は)」

と優しくいった

 

でもわたしは思っていた

 

怖いのは点滴ではなく、落とす速度で揉めるあなたたちなのよぅ

 

世の中ってやつはこんな感じだ